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わすれっぽいきみえ

みらいのじぶんにやさしくしてやる

映画『リービング・ラスベガス』観た

misc movie review

kimikimi714.hatenablog.com

で観た映画と観てない映画のリストをあげていたが、その中の観てない映画の一つだった『リービング・ラスベガス』をやっと観た。

あらすじ

アル中の主人公・ベンは職を失い、最後に酒をあおって死ぬ場所としてラスベガスに単身向かった。そこで売春婦のセーラと出会い仮暮らしをしていたモーテルに彼女を連れ込むが、実際の行為にはおよばないで一晩中語り明かして朝を迎えた。セーラはその晩のことが忘れられず彼のいそうなところに翌晩も出向くようになり、 今度は彼女が自宅にベンを誘うのだった。

雑感

終始切なかった。アル中の男がどうしようもなくて、そんな彼に私が必要なのとずっと言い続ける彼女もどうしようもなくて、お互いが必要みたいなこと言ってるけど、ただただ共依存にあるだけだった。男は酒にしか拠り所がないし、女は自分を大事にしてくれる最初の男だと思い込んでいるし、本当に救いがない。ちょっとの間は癒しがあるのかもしれないが、基本的には破滅しか見えないまま物語が淡々と進んでいく。誰も彼らを救えないし、救わない。

主人公・ベン役を演じたニコラス・ケイジはこの作品でアカデミー主演男優賞をとった。破滅した男の役はすごくうまかったと思うけど、あんまり役が広がった感じはしなかった。例えば『ザ・ロック』のグッドスピードがあの事件解決した後に奥さんと別れたらあんな風に荒れそう、みたいな。この主人公だからこそ、というよりもニコラス・ケイジが演じるならこうなるよね、という気持ちで見てしまっていた。でも『ザ・ロック』の方が『リービング・ラスベガス』より制作時期が後なので勘違いかもしれない。これより前の作品を見るとわかるかもしれない。

セーラ役のエリザベス・シューは不思議な透明感があった。役柄は売春婦なんだけど、ふしだらさがあまりない。夜の仕事をするにあたっては割り切っていて強くいようとしているが、自分の足では立てない、どこか男性に頼ってしまう弱さも感じられた。

終始気になっていたのはセーラの独白シーンだった。まるでだれかにインタビューを受けているような口調で自分の身の上話やベンについてどう思っていたかを話すシーンがあるんだが、基本的にセーラの話し相手はベンくらいしかいないはずだった。つまりこの時点でベンはもうセーラの隣にはいなくて、カウンセリングもしくは事情聴取を受けていることを示唆している。結構そこがよくできていたなと思っていて、独白って「昔、私は◯◯だった」をナレーションとして流したり、あるいはインタビューワーが実際にいてその二人を両方写して話を進めるのが多いが、セーラの独白シーンはインタビューアーの顔も声も一切出ないので「これは一体どこでしゃべってるんだろう」と気になるし、なんとなくカウンセリングかなと気付くと、じゃあベンはどうなってしまったんだ…とこちらの想像力をかきたてるものがあった。結末は自分で観て欲しい。

映画は元ネタがノンフィクションでも作る時にはフィクションだから結局自分が体験できるものではないと私は思っているけども、憧れるか憧れないかくらいは考えることがあって、これは圧倒的に憧れない系だった。自分がどんだけ不幸のどん底にいたとしてもアル中の男に救いを求めたり私がいなきゃダメと思ったりしないなぁと。どちらかといえばアル中の人を見ると私はしっかりしようと思ってしまうので、セーラみたいにはならないなと思った。あの映画に出てくる二人の周囲にいる人々も基本的にそういうスタンスの人たちばかりだったと思う。助けようと思って簡単に助けられる相手じゃないよ…。

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